レシピを書く人必携書『おいしさを伝えるレシピの書き方Handbook』
おいしくできた! これは絶品だからちゃんとレシピにして残しておこう。
そう思っていざ書き出して見ると、意外に難しいことに驚く。
材料表ひとつとっても、順番はどうだっけ、あれ、半分にしてこうやって切るのはどこに記載するんだっけ、はた、と手が止まることがよくある。
作り方手順にしたって、自分が今、書こうとしている手順が果たして調理法的に正解なのかどうか、合理的かどうかも判断しかねることも。
いつもやってる通りに書く。
それだけのことがなんと難しいことか、と気づくのがレシピです。
そんなレシピを書く人のために作られたのがこちらの書。
でも実は私にとっては、料理本の校正をするにも欠かせない基礎知識を教えてくれる大切な書でもありました。
目次
減らない赤字に凹みまくった私を助けてくれた
なぜって、この本を見つけた当時は慣れないレシピ本の校正に四苦八苦していたから。
いくらやってもやっても、ゲラは赤字だらけ(←お金が足りない赤字じゃないよ、間違いを正す「赤字」だよ)。
プロの校正者にお願いするにしても、まずは自分の手元で原稿を整えなきゃいけなかったし、プロから戻ってきた結果、真っ赤になった校正紙を見るのは切なくて、できるだけ赤字を減らしたくて頑張って。
でも、いくらやってもプロの目は許してくれなくて、いつもいつも減らない赤字に悩まされていたのです。
だからこの本を見つけた時は、まさに救世主が目の前に現れたぐらいの感激ものでした。
私のために作ってくれた本? ぐらいの勢いで、隅から隅まで読み尽くしたもんです。
今手元にある本は付箋だらけ。
表記揺れしやすい言葉や表現が使われている該当箇所には鉛筆で書き込みまでしてあります。
まさに戦友と呼びたい存在です。
ネットで発表前提の書き方網羅2017年版
そんな私の手元にあるボロボロ本は、実は、ここで紹介しようとしている辰巳出版から出た『おいしさを伝えるレシピの〜』 の辰巳版はありません。
2010年4月に発売された『レシピの書き方 料理のおいしさがきちんと伝わる』(実業之日本社)の 実業版のほうなんです。
辰巳版は、私のボロボロ本の『レシピの書き方〜』を一部修正、加筆して2017年7月に出たもの。
といっても、内容のほとんどはほぼ変わっておらず、朱赤を使った2色刷りであるところも一緒。
ただ、最終章が「レシピの活用」という章タイトルで、レシピカードにまとめる(!)やインターネットでの発表を紹介した内容だったのが、新版はSNSで発表することを前提にした「レシピの発表」に変わった点が大きく変わっていますが、校正するという意味においては、媒体変われどもやることは一緒。
きっと新人編集者の手元で、私と同じように愛用されているのではないかと思います。
いや、家庭料理研究家などが使っているのでしょうか。
材料表、作り方表現に作家の個性
何しろ私が料理本を作り始めた頃、2009年頃は、ブログ発信のレシピ本が大全盛時代。
はじめて出版に臨むまだアマチュア同然の料理研究家のレシピに、ほんとに悩まされていました。
とにかくわかりにくいのです。
いったいこの表現はどうまとめたら間違うことなくちゃんと伝わるのか。
いやいやこの表現は、料理用語ではこうだけど、料理しない人にも伝わるように書くにはどうしたらいいのか。
この表現の漢字はママなのかヒラくのか、それとも他表現に置き換えるべきか等、原稿を読めば読むほど、山のように疑問点が出てきて閉口していたのです。
他社本をお手本にしようにも、例えば某老舗出版社ではcc表記、あちらはml表記、あちらは漢字、こちらは漢字どころか表現そのものが違う、みたいな版元レシピがほとんど。
そんな悩みのほとんどは、編集者である私が決めて統一していけばいいのだと今はわかっていますが、料理本を作り始めたばかりの当時は、そもそもの知識がなく、皆目見当がつかなかったのです。
あれほど「レシピを読むのが好き」と豪語していたにもかかわらず、料理本の、レシピのいったいどこを見ていたんだとよく凹んだものです。
あーあとため息をついたらおもむろにこの本を開き、手元の原稿を整え、ゲラに赤入れをして。
そうして他社本を見ながら、実業版を手に、自分のゲラを「仕事の目」で見比べてはじめて、料理のレシピにも多彩な表現方法があるのだということに気づいたんです。
その時の発見がこの、料理本を愛でるWEBメディア「COOKBOOK LAB.」を作ろうと思い立った原点だったかもしれません。
料理の手順を表現するだけなのに、レシピには作家(=料理家)の個性が現れます。
たとえ料理本ならではの定型文が使われていようとも、食材や調味料や言葉の使い方、調理の手順など、レシピを構成する要素の組み合わせに、料理家の好みやライフスタイル、考え方の方向性も感じたのです。
卑近な言葉で言えば、人んちの冷蔵庫を覗き見する楽しさもあります。
レシピは簡単が簡単に書けると思う人?
よく料理するならレシピぐらい誰でも書けるだろう、簡単だろうと言う人がいます。
しかし、たぶんその言葉を発した人は、レシピを書こうと思ったことがない人だと思います。
書いて見るとわかりますが、意外とそう簡単に書けないものです。
クックパッドのようなレシピ投稿サイトには雛形が出来ているからなんとなく形になっているように見えますが、よーく読むと、矛盾点や作り方にねじれがあるのもしばしば。
食材リスト(分量表)を見て、え、この味でいいの? となることも。
そういうレシピはたぶん食材を正確に計るってことをしてないんだと思います。
目の前で起こっていること(調理されていること)を言語化するだけのことにもかかわらず、レシピを書く人と読んだ人が同じ状態を想像できるような言葉で書けるかどうか。
そういったいわば作成者の「甘えだらけ」のレシピを元から正してくれるのが本書です。
栄養士や調理師、料理教室の先生、レシピのブログ(やInstagram)を書いている人はぜひ使ってみていただきたいと思います。
書き方の前に考え方を教えてくれる
さて、では本書(辰巳版)は具体的にどんなことを教えてくれるのか。
構成を紹介しましょう。
先述したように、本書は4章仕立て。
第1章「レシピとは」では、同じレシピを3つの書き方で示し、材料表、材料表の調味料、作り方それぞれについて、わかりやすくなる書き方や、間違えやすいポイントを箇条書きで記しています。
そして、書いてみよう、書き方、材料の名称、まぎらわしい言葉、などに続きます。
この第1章では、家庭料理の代表選手のような12レシピも掲載され、それぞれにチェックすべきポイントもつけられていて、実際のレシピに赤字を入れた例も(これが大変に参考になります)。
そして第2章で調理の言葉。
いわゆる「たっぷりの水」と「かぶるくらいの水」と「ひたひたの水」の違いとか。
第3章は材料の言葉になります。
ここでは肉の部位や下ごしらえの言葉のほかに、漢字なのかヒラくのか、のヒントも提示されます。
最終章の第4章は前述のとおり「レシピの発表」として、レシピ投稿サイトやSNSでの発表の際の注意点がまとめられています。
が、ならではの注意点として、
「本や雑誌、テレビなどで見たレシピをそのまま転載するのは、もちろん厳禁です」
とあって、ちょっと救われた気持ちになるのは料理本編集者全員の思いじゃないかと思います。
この点について、レシピは著作権が認められていないのでちょっとアレンジすればいいぐらいの解釈をする人が多いのです。が、
「元になったレシピの出典を明らかにした上で、独自の工夫について説明するのがベター」
とも書かれていて溜飲を下げます(私は)。
「同じレシピを複数のサイトに投稿するのもマナー違反」
と、釘も刺してくださっています。
(いずれも165ページ「レシピを投稿する場合の注意点」より)
レシピがタダで見られる時代だからこそ必要なマナーですね。
ちなみにこの章には料理写真の撮り方、スタイリングの仕方も載ってます。
おまけもたっぷり。お得な内容になっていると言えそうです。
キッチンに入りたくなるレシピとは
野菜の切り方ひとつとっても、野菜に合った切り方あり表現する言葉が違う日本語レシピ。
ひとたび気にしだすとずーっと気になって仕方がない気持ちにさせるレシピの校正。
一方でレシピ本を出版できることになった著者である料理家は、校正者たちの「これが正しい」の赤字に負けない(赤字を跳ね返す)知識と強い意志を持つためにも、この本の内容を頭に入れておくべきじゃないかと思います。
なぜならレシピの書き方も著者の個性のひとつだから。
校正者の入れてくる「〜とか?」にぶれない「おいしさ」に圧倒的な自信を持って、レシピを書いていただきたいと思います。
そういうレシピに出会うと嬉しくて、いそいそとキッチンに入ってしまう私のような編集者もいるんですよ。
著者
レシピ校閲者の会(メンバープロフィール)
●藤村秀子(ふじむら ひでこ)
レシピ校正歴35年。NHK出版、家の光、主婦の友社、扶桑社、レタスクラブなどの校閲・校正に携わる。野菜たっぷりの煮物やパスタ、肉料理をよく作る。
●風間倫子(かざま ともこ)
レシピ校正歴30年。女子栄養大学、主婦の友社、学研プラス、NHK出版、講談社などの料理関係の書籍、雑誌、冊子、インターネットHP等の校閲・校正に関わる。
●渡辺緑(わたなべ みどり)
レシピ校正歴25年。料理関係書籍を中心に主婦の友社ほか数社で種々の校閲・校正に携わる。健康を考えた薄味・低脂肪のパパッとできる料理を考えるのが趣味。
制作スタッフ
- 挿画 福田利之
装丁・本文デザイン 加藤愛子(オフィスキントン)
撮影 三木麻奈
構成 石飛千尋
校正 服部妙子
編集協力 中原秀子
※すべて辰巳版より